| 1940 |
慶應大学経済学部予科(高校)に入りパレットクラブに入部
ピカソ、マチスなどモダニズムにあこがれる |
| 1941 |
独立美術協会展、国画会展、春陽会展等に入選 |
| 1942 |
猪熊弦一郎氏、脇田和氏に師事、新制派展に入選
銀座菊屋で第1回個展、第2回個展を勤労動員中に横浜ゴム会議室で開く。 在学中、フランス文学井汲清治教授から薫陶を受ける |
| 1943 |
15期海軍予備学生として、滋賀海軍航空隊に入隊、翌年少尉になる。 九十九里浜の沿岸防備につき、少年兵達と人形劇を演じる |
| 1945 |
終戦により大学に戻り、パレットクラブ、児童文化研究会で油絵と人形劇の生活活動に励む |
| 1946 |
慶応の講師で人形劇研究家の小沢愛圀氏により、アジアの影絵芝居と出合う
教会の日曜学校で学生たちと影絵劇をはじめる |
| 1947 |
慶應義塾大学経済学部卒業
セミプロの人形と影絵の劇場ジュヌ・パントルを結成。 東京興行(現在のテアトル東京)に入社、宣伝部に勤務、テアトル銀座、銀座全線座の映画、
パンフレットを編集、淀川長治氏、双葉十三氏の影響を受ける |
| 1948 |
花森安治氏に認められ、<暮しの手帖>に影絵を連載
慶應三田演説館で連続的に影絵劇を上演 |
| 1949 |
銀座資生堂で第3回個展(油絵)をひらく |
| 1950 |
最初の影絵の絵本「ぶどう酒びんのふしぎな旅」を暮しの手帖から出版。 すぐ東通工(現在のソニー)からオートスライドのプロモーションフィルムに制作された
銀座交詢社ホールでアンデルセン原作の人形音楽劇「雪の女王」を芥川也寸志の作曲で、芥川 氏指揮の生オーケストラで上演、そのとき、コーラスの慶応ワグネルソサイエティーの学生の
中に、ダークダックスの人たちがいた |
| 1951 |
テアトル東京をやめ、フリーとなる
影絵の絵本「浦島太郎」(文・中谷宇吉朗)を出し、ベストセラーになる
銀座交詢社ホールではじめての影絵劇の大作<せむしの子馬>を上演、作曲を伊福部昭氏に依頼、 伊福部昭指揮の生オーケストラで上演、大きな反響をよぶ。そのあと日本橋白木ホールで再演した。 |
| 1952 |
NHK TVの試験放送がはじまり、NHKの専属となり、人形と影絵の劇場ジュヌ・パントルを
木馬座と改名する |
| 1953 |
朝日新聞に毎日曜、影絵を連載 約5年つづける。
引き続きNHK TVの本放送に1年間専属となりテレビ時代の新しい分野を切り拓く
そのときディレクターの岡本愛彦氏と出会う |
| 1954 |
人形と影絵を中心とした児童文化誌「絵本木馬」を創刊、14号まで続けた。
影絵劇「泣いた赤鬼」が東京都児童演劇コンクール奨励賞を受賞 音楽は山下毅雄氏 |
| 1955 |
三島楽寿園で人形劇と影絵劇を春と秋それぞれ3ヶ月以上上演、以後3年間つづける |
| 1956 |
影絵劇「銀河鉄道の夜」が1956年度国際演劇参加読売児童演劇祭奨励賞、日本ユネスコ
協会連盟賞受賞
影絵の絵本トンチキ・プー(文・北畠八穂)を福音館書店より出版 |
| 1957 |
民放TBSTVで「影絵名作アルバム」を生放送 |
| 1958 |
中央公論に西遊記(文 邱永漢)の影絵を5年間連載
さえら書房から「影絵と詩のアルバム」等3冊出版
有楽町そごうで初の影絵展開催 |
| 1960 |
初めての影絵画集「影絵」を東京創元社から出版
影絵劇「海に落ちたピアノ」を大阪毎日ホールで初演 |
| 1961 |
等身大ぬいぐるみ人形劇を創設、ぬいぐるみ劇を中心とした木馬座の上演活動に重点を置く |
| 1965 |
ぬいぐるみ人形劇「ヘンゼルとグレーテル」(三越劇場)に当時学習院幼稚園児でいらした
皇太子の浩宮様がご観劇。 この頃から作曲に、いずみたく氏、塚原哲夫氏とコンビを組む |
| 1966 |
TV番組「木馬座アワー」を自主提供、スポンサー、プロデューサー、演出、出演者を兼ね、
そのオリジナルキャラクター「ケロヨン」が爆発的人気を呼ぶ
地上3階の新館スタジオが完成、劇団員が150名を越す。 夏休み公演だけで観客動員30万人を越して話題を呼ぶ。 |
| 1967 |
日本武道館で木馬座ケロヨンショーを以後4年間のGW、クリスマス、正月に計11回の公演を行う。
国立劇場ではじめての児童劇としてぬいぐるみ人形劇「ピーターパン」を1ヶ月上演する |
| 1970 |
大阪万博にケロヨンショーで参加 |
| 1971 |
テレビ東京で「ベーパック」を放映、人気を呼ぶ
武道館公演に観客が殺到、大混乱となり、新聞等マスコミに「木馬座、遂に馬脚をあらわす」 と批判される。
12チャンネルテレビの影絵の天気予報が評判をよぶ |
| 1972 |
木馬座解散、新館スタジオを売却、再びジュヌ・パントルとなり影絵を主体に活動 |
| 1973 |
新宿伊勢丹で大影絵展をひらく |
| 1974 |
「暮しの手帖」にカラーの影絵の連載をはじめる
影絵の絵本「お母さんが読んで聞かせるお話」A・Bを暮らしの手帖から出版 |
| 1976 |
日本橋高島屋で影絵展をひらく
ポプラ社から「つづみをうつ少年」(文・今西祐行)を出版 |
| 1977 |
「藤城清治影絵画集」を講談社から出版
「藤城清治影絵カレンダー」のオリジナル版を自主制作はじめる |
| 1978 |
影絵の絵本「天の笛」(文・斉藤隆介)を校成出版より出版
影絵の絵本「旅のらくだ」を岩崎書店から出版
花森安治が死去。暮らしの手帖の表紙を花森安治のあとをついで描く |
| 1979 |
大阪ロイヤルホテルで暮らしの手帖の作品による影絵原画展を以後毎年開く |
| 1980 |
影絵画集「遠い日の風景から」「ヨーロッパの森の中で」を講談社から出版
影絵劇「シャクンタラー姫」が厚生省児童福祉文化奨励賞を受賞 |
| 1981 |
影絵画集「イエス」を日本基督教団出版局より出版 |
| 1982 |
国際交流基金の派遣により文化親善使節として、パキスタン、ヨルダン、エジプト、アラブ
首長国連邦等で影絵劇を上演。
影絵劇「銀河鉄道の夜」が文化庁芸術祭の優秀賞受賞 作曲は渡辺浦人氏
影絵の絵本「銀河鉄道の夜」を講談社から出版
銀座ミキモトホールで影絵劇原画展をひらく |
| 1983 |
絵本「銀河鉄道の夜」がチェコスロバキアの国際絵本原画展BIBの金のリンゴ賞受賞
アジアの古典「ラーマーヤナ」が影絵劇化し初演
「藤城清治影絵の世界シルエットアート作品とその技法」を東京書籍から出版 |
| 1984 |
影絵の絵本「金色と空とピーター」、
、「ロンドン橋でひろった夢」、 、「お見舞いにきたぞうさん」 暮しの手帖から出版 |
| 1985 |
船橋西武百貨店で影絵展開催 |
| 1986 |
エッセイ「影絵は一人ぼっち」を三水社から出版
カナダ・バンクーバーのチルドレンフェスティバルに影絵劇で参加
バンクーバーの86EXPOに出演
サンフランシスコで東郷健企画、藤城演出美術で「無限」上演
「藤城清治影絵劇の世界」を東京書籍より出版 |
| 1987 |
ニューヨークで影絵原画展を開催
ニューヨークで影絵劇「人魚姫」上演
香港アートフェスティバルで影絵劇「鶴の恩返し」を上演 |
| 1988 |
自宅スタジオで4ヶ月ロングランの影絵展をひらく |
| 1989 |
紫綬褒章を受章
仙台鐘崎笹かま館に15mの影絵の大壁画を制作 |
| 1990 |
長崎博覧会に3ヶ月ライブで上演 作曲に北村得夫氏。
以後博覧会の作品は北村得夫氏とコンビを組むようになる。 |
| 1991 |
チェコスロバキアのプラハで影絵展を開く
オペラ「夕日の耳」の影絵美術を担当、ドイツ、スイスへ公演に行く
北九州博覧会に2ヶ月ライブで上演 |
| 1992 |
イタリア、ジェノバの国際船と海の博覧会の公式ポスター制作
影絵画集「天地創造」を日本基督教団出版局から出版
山梨県昇仙峡に、影絵美術館開設 |
| 1993 |
パリ、ロンドン、ウィーン、ローマなどヨーロッパへ教会のスケッチ旅行に行く
信州博覧会に3ヶ月ライブ上演、‘93エキスポ大賞受賞
「ヨーロッパの教会スケッチ集」を日本基督教団出版局より出版 |
| 1994 |
静岡県中川根の茶茖館に影絵壁画制作 |
| 1995 |
勲四等旭日小綬章を受章
影絵壁画集「聖書のおはなし」(文・野田秀)をいのちのことば社から出版 |
| 1996 |
長野県白樺湖に影絵美術館開設。 高さ9mの大壁画、全長30mの全円周壁画を制作
暮しの手帖の影絵の連載をやめる |
| 1997 |
影絵の絵本「ウィー・アー・ザ・ワールド・歌が世界を動かした」を作曲家北村得夫と共に
星の環会から出版、新宿高野ギャラリーでその原画展を開き、アフリカ飢餓のこどもたちを 救う運動を呼びかける。
長野県上田市のJRの上田駅ロビーに影絵壁画「流響」を制作
鳥取夢みなと博覧会で3ヶ月ライブ上演‘97エキスポ地球振興賞受賞 |
| 1998 |
北海道紋別郡生田原町の、木のおもちゃワールド館内に影絵美術館開設
たて9m×よこ18mの、世界最大の影絵壁画「光彩陸離」完成 |
| 1999 |
名古屋市伊藤病院の老人保険施設「あんず」ロビーに影絵壁画「生命賛歌」を制作
7月日本橋三越で影絵原画展を開催 大阪大丸心斎橋店で影絵原画展開催
日本児童文芸家協会より児童文化特別功労賞を受賞 |
| 2000 |
3月銀座伊東屋にて影絵展を開催
8月〜9月福島県喜多方市美術館で影絵展を開催
8月ラーマーヤナ東京芸術劇場で再演
平凡社より「光と影の詩人・藤城清治の世界」太陽別冊を出版 |
| 2001 |
4月銀座ミキモトで影絵原画展を開催
講談社よりはじめての水彩の絵本「ぷっちんとちゃっぷん」を出版
4月浦和伊勢丹で影絵原画展を開催
7月〜11月北九州博覧会2001で4ヶ月ライブ上演ジャパンエキスポ大賞受賞
11月〜1月長崎ハウステンボス美術館にて影絵原画展を開催
池袋東京芸術劇場で影絵半世紀の集大成<動く影絵のファンタジー>
絵のない絵本・泣いた赤鬼・海に落ちたピアノ・銀河鉄道の夜・愛よみがえる地球の5作品を 一挙上演話題を呼ぶ |
| 2002 |
正月、大阪、名古屋で<動く影絵のファンタジー>公演、
8月には飯田、新潟、札幌、盛岡、仙台、甲府と<動く影絵のファンタジー> の全国ツアー公演
9月銀座教文館にて影絵原画展を開催
11月〜2003・2月長崎ハウステンボス美術館にて影絵原画展を開催 |
| 2003 |
2月目黒パーシモンホールで<動く影絵のファンタジー>の凱旋公演
4月銀座伊東屋で影絵展開催
5月埼玉越ヶ谷市民ホールで影絵展開催
美術出版社から影絵画集出版
佼成出版社から「光は歌い・影は踊る」−藤城清治のアートー(エッセイ集)を出版 |
| 2004 |
「銀座いろはかるた」を製作
カルピス本新本社ビルロビーに壁画「愛の泉」を製作
7月東京都写真美術館で80才傘寿を記念した「藤城清治の世界展」を開催。2ヶ月で来場者6万人を超す
7月富山県チューリップ四季彩館で影絵展を開催
9月ニューヨーク・日本クラブで影絵展を開催
9月銀座教文館ウエンライトホールで影絵展を開催
10月愛知県高浜かわら美術館で「藤城清治の世界展」を開催
12月福岡北九州市美術館で「藤城清治の世界展」を開催 |
| 2005 |
2月ワシントン・日本文化センターで影絵展を開催
3月山形県酒田市美術館で「藤城清治の世界展」を開催
3月韓国 ロッテ百貨店ギャラリーで影絵展を開催
4月恵比寿カルピス株式会社本社ビルで影絵展を開催
5月西宮市大谷記念美術館で「藤城清治の世界展」を開催
7月高松市美術館で「藤城清治の世界展」を開催
9月銀座教文館で「藤城清治影絵展」を開催
9月福島県こむこむ館で「藤城清治影絵展」を開催 |
| 2006 |
岡山県立美術館で「藤城清治光と影の世界展」を開催
鳥取県米子市美術館で「藤城清治光と影の世界展」を開催
銀座教文館ウェンライトホールで影絵展を開催
銀座ミキモトホールで影絵展を開催
新宮様ご誕生記念作品「夢生まれる」を制作
実際にドイツを旅し、ルードヴィッヒ世の夢の結晶である、
「ノイシュヴァンシュタイン城」の影絵を制作 |
| 2007 |
岩崎学園新築校舎正面(東戸塚)に陶板壁画「四季のよろこび」
「日輪」室内に影絵原画「ともしび」を製作
そごう美術館で「藤城清治光と影の世界展」を開催
新潟県立近代美術館で「藤城清治光と影のファンタジー」を開催
銀座教文館ウェンライトホールで「藤城清治光と影展」を開催
銀座山野楽器で「藤城清治光と影のメルヘンの世界」を開催 |
| 2008 |
天王洲銀河劇場にて影絵劇を公演
愛媛県美術館で「藤城清治光と影の世界展」を開催
島根県立美術館で「藤城清治光と影のファンタジー」を開催
銀座教文館ウェンライトホールで「藤城清治光と影展」を開催
埼玉越ヶ谷コミュニティーホールで影絵展開催
|
| 2009 |
福島県郡山市立美術館で「光と影のファンタジー藤城清治展」を開催
長崎県美術館で「藤城清治展ー光の祈りー」を開催
京都府京都文化博物館で「藤城清治光と影の世界展」を開催
銀座教文館ウェンライトホールで「藤城清治光と影展」を開催 |